2010年03月01日
遺跡から曲げ物
茶道連盟の講演会があり、
二人の方のお話を聞いてきました。
明治大学名誉教授の渡辺誠一先生の講演は、
「茶の湯者の覚悟十体」。
利休の弟子、山上宗二の書をひもときながら、
利休や宗二が目指した「茶の湯の心とは」・・・
壮絶な死を遂げた利休や宗二、
さらに織部・・・
「茶の湯のこころ」を追求する彼らにとって、
その死は避けられないものだったんだなあと、
思いを巡らせました。
自身でも茶事を執り行うという先生の、
長年の経験を踏まえてのお話、
とても興味深く聞きました。
そしてもう一人、
木具師橋村萬象さん。
なんと橋村家は、桓武天皇による平安遷都の折、
奈良より天皇のお供をして京都に移り住み、
明治維新の時には、唯一京都に残り今に続くという家柄。
代々、「又左衛門」を名乗っていましたが、
先々代が大徳寺館長より「萬象」の名を拝命し、
以来、茶道具を専門に手がけるようになりました。
三代目を昨年の2月に襲名されたばかりです。
曲げ物は、奈良時代初期の遺跡からも発掘されているそうで、
その写真も見せていただきましたが、
なんとも素朴なつくりから、古代の人々が熱烈に必要とし、
嬉々として作っていたのが伝わってくるようでした。
スライドを見ながらの丁寧な説明、
曲げ物を造る工程がよく分かりました。
1200年も続くという家だけに道具も古く、
江戸時代から使っているという曲げた木を留めるハサミや、
100年以上使って歯が減ったのこぎりなど、
道具を見るのも楽しかったです。
曲げ物は日本古来から、
おひつ、ふるい、弁当箱など、
暮らしの中で使われてきました。
静岡にも、きれいな漆を施した曲げ物をつくる細田豊さんがいます。
我が家でも、お弁当箱やおひつを長年愛用していますが、
曲げ物の歴史を知るとさらに愛着がわくような気がします。

直径8cmの曲げわっぱ、
今は、雛あられが入っています。
二人の方のお話を聞いてきました。
明治大学名誉教授の渡辺誠一先生の講演は、
「茶の湯者の覚悟十体」。
利休の弟子、山上宗二の書をひもときながら、
利休や宗二が目指した「茶の湯の心とは」・・・
壮絶な死を遂げた利休や宗二、
さらに織部・・・
「茶の湯のこころ」を追求する彼らにとって、
その死は避けられないものだったんだなあと、
思いを巡らせました。
自身でも茶事を執り行うという先生の、
長年の経験を踏まえてのお話、
とても興味深く聞きました。
そしてもう一人、
木具師橋村萬象さん。
なんと橋村家は、桓武天皇による平安遷都の折、
奈良より天皇のお供をして京都に移り住み、
明治維新の時には、唯一京都に残り今に続くという家柄。
代々、「又左衛門」を名乗っていましたが、
先々代が大徳寺館長より「萬象」の名を拝命し、
以来、茶道具を専門に手がけるようになりました。
三代目を昨年の2月に襲名されたばかりです。
曲げ物は、奈良時代初期の遺跡からも発掘されているそうで、
その写真も見せていただきましたが、
なんとも素朴なつくりから、古代の人々が熱烈に必要とし、
嬉々として作っていたのが伝わってくるようでした。
スライドを見ながらの丁寧な説明、
曲げ物を造る工程がよく分かりました。
1200年も続くという家だけに道具も古く、
江戸時代から使っているという曲げた木を留めるハサミや、
100年以上使って歯が減ったのこぎりなど、
道具を見るのも楽しかったです。
曲げ物は日本古来から、
おひつ、ふるい、弁当箱など、
暮らしの中で使われてきました。
静岡にも、きれいな漆を施した曲げ物をつくる細田豊さんがいます。
我が家でも、お弁当箱やおひつを長年愛用していますが、
曲げ物の歴史を知るとさらに愛着がわくような気がします。
直径8cmの曲げわっぱ、
今は、雛あられが入っています。
Posted by マルウチ at 12:44│Comments(0)
│茶道